アクセスの増大に対応するためにサーバのインフラを増強する場合、機材調達とかを含めると、ふつうは2,3か月。1か月で行えればかなり頑張ったほうだといえます。


それだけの時間をかけて増強するサーバ処理能力はせいぜい50%とか2倍ぐらいなものです。まあ、ふつうはそれぐらい増強すれば十分なことがほとんどです。


ニコニコ動画の場合は負荷問題が発生して1ヶ月後にはさらに100倍の負荷になっていましたから、ふつうのサーバ増強のやりかたでは対応できませんでした。そもそも1ヶ月後にアクセスが100倍になるなんて、われわれ含めて世界の誰も予想していませんでした。


このネットの歴史的にも珍しいぐらいのアクセスの爆発にリアルタイムに対応できたのがニコニコ動画が成長できた大きな理由のひとつです。


これを実現できたのは、実質開発総指揮の鈴木慎之介君のできるだけサーバハードウェアの増設はおこなわずにソフトウェアを負荷増大にあわせてリアルタイムにチューニングしてサーバ能力を増やすという強引な方針が大成功したからです。


それと、もともと、われわれはニコニコ動画が相当な人気になるんじゃないかという淡い期待を抱いていましたので、かなり最初から、ドワンゴとしては気前のいい規模のサーバを用意していました。


1月12日の最初のアクセス増大によるトラブルが発生したときに、ニコニコ動画は10台のサーバで動いていました。WEBサーバ4台とDBサーバ2台とメッセージサーバ4台です。


われわれのざっくりした見積もりでは、ユーザ数が100万人ぐらいになっても、ハードウェアの限界を出し切れば対応できる予定でした。


もし、ユーザ数や、ユーザひとりあたりの使用頻度が想定より上回っていても、それぞれ、WEBサーバとDBサーバ、メッセージサーバは、並列に増やしていけば性能があがる設計になっていましたので、まあ、よほどのことがあってもなんとかなる予定でした。


ところが1月12日以降のユーザの伸びは、われわれが想定した「よほどのこと」をはるかに上回る規模でした。1ヶ月でアクセスが100倍になったわけですから、毎週、平均3倍ぐらいのスピードでアクセスが増えたわけです。


さらにその増えたユーザは、ランキング競争をはじめて、毎晩、祭りをおこして、あげくのはてにはF5アタックやら田代砲までうちはじめるわけです。最終的にはDDoS攻撃までくらいながらの激動の40日間です。


この時期を、サーバの増設はほとんどせずに、最初の10台から、わずか3台増えただけの13台で(β)サービス終了まで乗り切ったのでした。


増設したのは2月2日にDBサーバ1台。これは動画の検索専用サーバとして追加しました。2月2日にWEBサーバ2台。これはさすがに足らなかったからです。


13台というのはサービス規模からするとかなり少ない台数だと思います。ドワンゴとしての感覚でも30台ぐらいでやるなら普通、100台ぐらいまで増えるとしたら多すぎですが、世の中みたら、そんなケースもなくはないっていったところでしょう。


にもかかわらず、10台+3台で1ヶ月で100倍増のアクセスを、ほぼソフトウェアのチューニングだけで乗り切ったわけですが、実際のところ、われわれにはそれしか選択肢はほとんどありませんでした。以下の理由です。


・納期的に無理。アクセスの伸びが速すぎて、毎週サーバを倍に増やすとか、できるわけがありませんでした。

・在庫的に無理。余っているサーバは最初の10台でほぼ使ってしまったので、そもそも増設するサーバがありませんでした。

・物理的に無理。サーバを収納するラックが余っていませんでした。

・人員的に無理。サーバを増設するとして、倍々ゲームになることが予想されますが、作業するスタッフの確保ができませんでした。


そして、なにより、大きいのが、実質開発総指揮(というか、当時は部下もいませんでしたが)の鈴木慎之介君にとって、ソフトウェアのチューニングで性能をあげる作業が、楽しくてしょーがなかったのです。


およそソフトウェアエンジニアにとって性能アップのためのチューニングほどやりがいのある仕事はないといえます。たとえ実際には意味がなくても自分のPCのベンチマークの数値をあげたりするのとても楽しい作業です。ましてニコニコ動画の場合は、実際にユーザとアクセスが、毎週、増えていき、チューニングの効果が目に見えるわけですから、仕事としてできる大義名分まであるわけです。サービスの機能追加なんてめんどくさい仕事は後回しになるにきまっています。結局、(β)中はほとんどサービスの機能追加はおこなわれずに、サーバ性能向上だけに力がそそがれることになります。


なんぼなんでも、そろそろサーバの物理的な増設を本気で考えようよ、そして、ヘルプのエンジニアつけるから、他のこともやりやがれ、という周りの説得が成功するのは、結局(γ)サービスの開始のときまでかかったのです。


ただ、いずれにせよ、このアクセス爆発時期を、トラブルが頻発しながらも、まがりなりにもサービスを継続できたというのが、ニコニコ動画が成功した大きな要因だったと、ふりかえってみて思います。


さて、そんなこんなで四苦八苦するニコニコ動画(β)ですが、この時期ははやくもニコニコ動画にライバルがつぎつぎと登場してきた時代でもありました。


(つづく)


◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
第3話「ネットサービスのエンタメコンテンツ化」
第4話「開始と2ちゃんねる閉鎖騒動」
第5話「VIPPERの来襲と祭りのはじまり」

◆2007年夏の昔話はこちら
昔話第1話
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