あけましておめでとうございます。本年もニコニコ動画をどうぞ宜しくお願い申し上げます。
さて、お正月もニコニコ動画は営業してます!
さっそく、動画ニュースのおねぇさんから新年のご挨拶と、ニコスクリプト担当からお正月向け動画が公開されましたので、ぜひご覧下さい。
ニコニコラムの本格更新開始は、1月7日(月)からの予定です。
それでは、繰り返しになりますが、本年も宜しくお願い致します。
2008年1月の記事を表示しています。
あけましておめでとうございます。本年もニコニコ動画をどうぞ宜しくお願い申し上げます。
さて、お正月もニコニコ動画は営業してます!
さっそく、動画ニュースのおねぇさんから新年のご挨拶と、ニコスクリプト担当からお正月向け動画が公開されましたので、ぜひご覧下さい。
ニコニコラムの本格更新開始は、1月7日(月)からの予定です。
それでは、繰り返しになりますが、本年も宜しくお願い致します。
本日より、会社や学校が始まった方も多いと思いますが、ニコニコラムの本格更新も本日より再開します。
改めて、宜しくお願い致します。
さて本日、鏡音リン・レンプレゼントキャンペーンのご応募を締め切りました。
たくさんのご応募、ありがとうございました!と運営よりコメントが届いています。
現在、1000件近くのご応募から抽選作業を行っており、10日には当選された方へメールで連絡をするという事ですので、楽しみにしてお待ち下さい。
今年もユーザーの皆さんと運営との間の橋渡し役として頑張ってまいりますので、コラムも見に来て下さい。
では!!
こんばんは。
今日の東京は暖かかったですが、考えてみたらまだ1月。
これから寒くなるんですよね・・・。皆様お体を大切に。
そして運営長はただいま体調を崩し絶不調でして、とても接近できる様子でなく、要望掲示板に書き込んで頂いた要望についての質問が出来ませんでした。
そこで今日は、まだニコニコニュースに出ていない未確定情報をお伝えします。
新しいコメントに押し流され、「過去ログ」に移ってしまった古いコメントたち。
たまに動画再生ページ右側の「過去ログ」を覗いて見ると、気になるコメントがありませんか?しかし、そういったコメントに限って長文で、右端が切れて見えない事もあるものです。
そこで!「過去ログ」に入っている長文のコメントも全文見る事ができるよう、仕様変更を行う予定があるそうです。
詳細な仕様や投入時期は、決まり次第、ニコニコニュースにてお知らせがあります。
僕はこの話を聞くまで、動画再生ページ右側の枠の中で、コメント全文表示ができない事に気付きました。
それでは、また明日。
(明日には運営長、具合良くなってるといいな・・・。)
今日は先日応募〆切りした鏡音リン・レンプレゼントキャンペーンの宛名書き(書初め)に参加しましたので報告いたします。
北は北海道から南は沖縄まで、、というよりは海外からも複数応募がある盛況振りでした。
運営の方たちが輪になって宛名書きをしている姿を見ると学生時代の文化祭などの準備が思い出されました。こんなとこから恋とか芽生えちゃったりするのでしょうか?
さておき・・
当選された100名の方には明日メールが届くそうなのでドキドキしながらまっててくださいね。
ちなみに今年初めての書き仕事だったので『書初め』と運営のだれかが命名しました。
こんばんは。
今日は久々にシリーズ「要望掲示板探索」です。
専用スレッドだけでなく、他の様々なスレッドでもNG設定関連のご要望を多く頂いているようでしたので、
今後の機能拡張など見通しについて、運営に質問してきました。(運営長は引き続き体調不良につき、平運営に聞きました。)
人が多く集まれば、NG設定に対する希望や需要が多くなる事は認識しています。今現在、次の対応は決まっていませんが、順次着手していきますので、もう少しお待ち下さい。
先月26日にプレミアム会員の方向けにNG設定数拡大を実施しましたが、引き続き検討しているそうですので、また進捗がありましたら、皆さんにお知らせしたいと思います。
では、また明日!
ご要望は、要望掲示板へ
○○ニコニコ、ニコニコ△△など、「ニコニコ」って色んな場所で見かけますよね。
僕も、ニコニコラムを担当させて頂くようになってから、街の中の「ニコニコ」が気になって仕方ありません。
そんな中、運営が正月休みに、地元でこんなモノを見つけてきました。
とあるスーパーチェーンのお買い物カードらしいです。

なお、このカードのポイント照会等ができる「ニコニコステーション」という機械もあるようです。ニコニコステーションのご利用時間は朝9時~夜10時までらしいので、ご注意下さい。
皆さんの周りにも「ニコニコ」がありましたら、掲示板ニコニコラムスレへご報告下さい!
※ニコニコ動画は、今回ご紹介しましたニコニコカードと一切関係はございません。
2007年のお盆休みの頃に、昔話と題した記事を開発ブログに連載したことがありましたが、今回はその続編です。
前回はニコニコ動画のプロジェクトの発足前夜から、ニコニコ動画(仮)の終盤までを書きました。
いよいよ、ほとんど知名度のなかった(仮)時代を終えて、ニコニコ動画が一挙に巨大サービスになった(β)時代がはじまるわけですが、(β)時代を語る前に時計の針をすこしもどして書きたいことがふたつあります。
ひとつはドワンゴが上場会社として西村博之氏に賭けることを決断したいきさつと、もうひとつはニコニコ動画を生み出した重要なコンセプトでありながら、いまだあまり語られていないことについてです。
まずは西村博之氏とドワンゴとの関係については、そもそもの最初から説明したいと思います。
Wikipediaによるとドワンゴは2ちゃんねるの公式スポンサーということになっていますが、これは誤りで、ドワンゴは2ちゃんねるにバナー広告を出稿している1社にすぎません。
ドワンゴが何年も前にはじめた16メロミックスという着メロサイト(現dwango.jp)のプロモーションとして2ちゃんねるに広告を出稿したのがはじまりです。
当時、割合ふつうにみえる会社が2ちゃんねるに広告を出すことはとても珍しかったので(いまでもそうですがw)、ドワンゴが2ちゃんねると特別な関係にあると思われているだけだと思います。
歴史的にみてもIT業界で2ちゃんねるの影響力をうまく自社の利益のために利用したいと考えたり、実際に行動したりした会社はドワンゴ以外にもたくさんあったと思います。
そのなかでは、意外に思われるかもしれませんが、ドワンゴはいちばん2ちゃんねるのもつ危険性も認識していて、慎重に一定の距離をとろうとしていたつもりです。
まあ、ですが、ドワンゴは伝統的にネタ至上主義的なところがあって、ひろゆき着ボイス配信!ってやりたいよね、あるいは、アスキーアートだけで、すごいしょぼいTVCMをつくったらめちゃくちゃ違和感があって目立つかも、とか、ニワンゴという会社をつくって取締役管理人とかいう聞いたことない肩書が西村博之氏についたら面白くね、など、いろいろ思いついたアイデアを実行したいという誘惑に勝てずに関係が深まっていったというのが、実際のところです。
また、ゲーム業界出身のドワンゴは、いわゆるビットバレー→六本木ヒルズ系のITベンチャー本流の企業とまったく交流がなかっため、たとえば、ほりえもん着ボイスを企画をしたときなんかは、ひろゆきから堀江社長を紹介してもらったりしていました。
いまでもIT業界やネットメディアとの接点のかなりの部分がひろゆき経由となっています。
そんななかでニワンゴができて、当然、定期的に給料の差し押さえ請求とかきたりするなか、ニコニコ動画もはじまってしまうわけですが、まあ、ネタとしてはともかく一応は東証一部上場企業として、西村博之氏との関係をどう位置づけるかというのは、社内でずっと議論されつづけてきた重要なテーマでした。
少なくとも社長の小林宏が納得する必要があります。
ドワンゴは若い技術者中心の会社としてスタートしましたが、それじゃ世間に信用されないということで、ドワンゴがまだ20人も社員がいなかったころに、われわれが必死にお願いをして社長になってもらったゲーム業界の大先輩が小林宏です。
小林社長がいなければドワンゴが東証一部に上場なんてとてもできなかったでしょう。
小林が納得するためには、まず、われわれ自身が確信をもたなければいけません。
われわれはひろゆきと仕事をしたかったし、それがまちがっているなんてはまったく思っていませんでした。でも、それは会社の仕事として、果たして正しいことなのかについては確信をもてませんでした。
そもそもひろゆきと仕事をすることはビジネス的に考えてもリスクの高い賭けです。リスクの高い大きな賭けをすることに関しては小林社長は反対はしないでしょう。
というか、むしろ賭けごとは好む傾向があるのでいいのですが、その賭けにドワンゴとしての正義や大義はあるのでしょうか?
その議論にやっと社内的な決着がついたのが、ニコニコ動画(仮)時代におこなわれたある決定の瞬間です。
いわゆる「2ちゃんねる求人」をおこなうと決めた時でした。
(第2話へつづく)
ドワンゴと西村博之氏との関係の続きです。
ちょうどニコニコ動画(仮)が開始したのと同時期にひろゆき問題についての答えがでました。
ドワンゴが企業として西村博之氏と関わりをもつことが、果たして社内的にも社外的にも説明できるのか?会社のやるべき仕事として位置付けることが可能なのだろうか?
ずっと社内で議論されてきたこのテーマの答えは、イエスでした。
それはドワンゴがネット社会から生まれた会社だからです。
10年前、ドワンゴが誕生した時に集まった初期メンバーは、会社の取引先や同僚でもなければ学校の同級生でもなく、ほとんどがネット上で知り合った仲間でした。
いろいろな会社のトップエンジニアやフリーのプログラマ、あるいはトップクラスのネットゲーマーが、ネットのつながりだけで集まってできた会社です。
まだ、インターネットが普及する以前、パソコン通信時代のコミュニティから生まれた会社であり、いわば、人類でもっとも早い時期に現実の社会よりもネット社会に移住することを決めた人々でつくったという、より本質的な意味での「ネット企業」であるといえます。
ですから、ドワンゴはネットをビジネスにするという意味でのネット企業ではありません。
ネットに移住した人々がつくった企業という意味でのネット企業です。得意なネットに関わるビジネスを生計を立てる手段としてたまたま選択したにすぎません。
さて、われわれが住んでいたネット社会はパソコン通信でした。ちなみにあまり知られていませんが、西村博之氏の最初のネットとの関わりもパソコン通信だったそうです。
そして、パソコン通信が衰退し、パソコン通信のコミュニティが崩壊したあと、インターネットに同様のネット社会は、長い間、登場しませんでした。
そのなかでネットの住人が唯一、パソコン通信時代の残党も含めて生息する主要な場所となったのがご存じの2ちゃんねるです。そして商業主義が支配したインターネット時代のネットにおいて唯一ネット住人の生活の場を守り抜いたのが西村博之氏です。
ひょっとしたら上場企業では唯一かもしれない「ネット住人がつくった会社」であるドワンゴが、西村博之氏を応援するのは、当然のことである。
そしてドワンゴは、負の部分を認めるわけではないが、すくなくとも正の部分については2ちゃんねる文化を守る社会的な使命があるというのがわれわれの結論でした。
この結論を果たして社長の小林宏は受け入れてくれるのか、おそるおそる説明してみたところの答えは、簡潔でした。
「いいんじゃないの?」
それでいこう、という小林社長のひとことであっさり決まってしまいました。
ドワンゴはこのことがきっかけとなって、創立後10年にしてやっと「ネットで生まれて、ネットでつながる」という経営理念をもつことになります。
そして、ネットから生まれたドワンゴの原点にもどり、ネットでしか生活のできない優秀な人間を採用するために2ちゃんねるで技術者を求人することにします。
一般の企業でも採用してもらえるだろう大卒者は対象としない、大卒未満限定、前代未聞の逆学歴差別といわれた「2ちゃんねる求人」はこうしてはじまりました。
さて、次は、ニコニコ動画を支える隠れた要素、ニコニコ動画に流れる文化的背景について説明します。
サービス開始から、これまでニコニコ動画は技術者が前面にたってつくったサービスであるということが強調されてきましたが、これは着メロ会社のイメージがドワンゴに強すぎたため、本当は技術の会社なんだということをアピールするためでした。
でも、やっぱりドワンゴは着メロの会社でもあったのです。
(第3話つづく)
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
今回はニコニコ動画のサービスのコンセプトにおいて、語られていない部分について書きます。
ニコニコ動画(仮)時代の大きな方針は、ひろゆきのアドバイスによるユーザと一緒になって成長していくサイトということでした。
そうしてユーザにサービスを自分たちでつくったんだという愛着をもってもらうということでした。
われわれは、このコンセプトに加えて、携帯コンテンツでの経験をいかした味付けをおこない、ユーザにたんなる愛着以上のものをもってもらおうと考えました。
それはネットサービスのエンタメコンテンツ化です。
ドワンゴは創業時はネットゲームの会社でしたが、途中から、そして現在にいたるまで携帯コンテンツが主力ビジネスの会社です。
で、おそらくは一般の認識とは異なると思いますが、われわれの認識によれば、ネットサービスとしてのつくりこみの完成度は、PCサイトよりも携帯サイトのほうが断然に上です。
理由は単純で携帯サイトは課金が可能なので公式サイトとして運営すると儲かる場合が多いのですが、PCサイトは基本無料なので広告収入程度では、まったく儲からないからです。
したがってネット証券、EC、ネットゲームを除けば、PCサイトはお金をあまりかけられないので、どうしても一発ネタのサービスだったり、もしくは場だけつくってあとは運営コストがかからないCGM型のサービスが主流になります。そうでないサービスは採算があわずに長続きしません。
運営コストをかけて常に面白いネタを継続的に投入するようなビジネスモデルが成立するのは携帯だけです。
ドワンゴが携帯コンテンツ業界からはじめてPCのネット業界に足を踏み入れるにあたって、PCのネット業界には、ネットサービスをエンターテイメントサービスとして運営コストをかけて提供する習慣なり文化があまりないということをうまく利用しようというのが当初からの戦略としてありました。
つまり運営コストをかけてきちんと運営側からもネタを継続的に提供する、ということです。
もちろんニコニコ動画はユーザがつくるコンテンツだったりユーザの存在そのものが最大の魅力であるサイトです。ふつうのネット企業であればユーザが使いやすい場を提供する黒子に徹するのが普通でしょう。
しかし、われわれが目指していたのは、ただ、場を提供するだけではなく、場そのものもひとつのエンターテイメント作品としてユーザに提供することでした。
コンテンツではなくネットサービスそのものをエンターテイメント作品として提供するということを、もうすこし分かりやすく社内で説明していた呼びかたを紹介します。
「ネットサービスのディズニーランド化」です。
ディズニーランド化されたネットサービスというものは、たんにユーザに受け入れられるだけでなく、熱狂的な信者を獲得できるにちがいないというのが、われわれの予想でした。
ディズニーランド以前の遊園地といったものには、人気のある遊園地はあっても、熱狂的な信者がいる遊園地はありませんでした。
ディズニーランドには熱狂的な信者が存在します。その理由はディズニーランドは、お金をかけてアトラクションの魅力で勝負するだけでなく、その周辺のすべてのサービスをディズニーランドの世界観として提供したことにあります。
ディズニーランド化されたネットサービスという、われわれがイメージしているモデルはネット業界には全然みあたらないのですが、近いものが、IT業界の歴史にひとつだけあります。
ジョブズ率いるアップル社です。
われわれが目指したのは、遊園地のアトラクションに相当するコンテンツにおける技術と使い勝手でしか競争してこなかったPCのネット業界に、サービスすべてをエンターテイメントとして提供するような競争を持ち込むということでした。
ですから、われわれにとって、Fooさんの削除動画、左上のアイコン、右上のひとことコメント、開発者ブログ、うざいと評判の時報番組や、年末の年越しの映画のようなスタッフロールは、非常に重要なニコニコ動画の要素なのです。
そして幸い技術者中心のドワンゴには着メロサイトづくりのときから、エンターテイメントコンテンツを一緒につくってもらっていたパートナーがいました。いままでニコニコ関連ではほとんど名前を出してきていませんでしたが、CELLという会社です。
CELLがFooさんや時報をはじめとするニコニコ動画のエンタメ化の多くの部分を企画しています。
さて、ネットサービスのエンタメコンテンツ化ということでディズニーランドとアップルのふたつを例にだしましたが、この両者の違いは、後者には歴史そのものにもドラマがある点です。
ジョブズの解任と復活劇はアップルの神話性を大きく高めたといえるでしょう。
ニコニコ動画も、サービスをはじめたときから、もし目論見通りに大成功したとしたら、非常にドラマティックな物語ができるだろうと考えていました。
もちろんあの西村博之氏がプロデュースしているわけですから、それだけでも成功したらドラマティックにならないわけがありません。
それともうひとつ、われわれは最初から予想していたのです。
このサービスが大成功すれば、間違いなくyoutubeがアクセスを遮断するだろう、と。
次回から、いよいよ、ニコニコ動画の歴史でもっとも劇的で波乱に満ちたニコニコ動画(β)時代のはなしをはじめます。
(つづく)
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
ニコニコ動画(仮)の終了まであと3日となった1月12日の夜に、突然、サーバに大量の負荷がかかります。
2ちゃんねる差し押さえの報道記事を受けて、ひろゆきがネタで、ミニカーに差し押さえの札がつけられた動画をyoutube経由でニコニコ動画に投稿し、自分のブログで紹介したのです。
例によって、サーバの突然のスローダウンについて、WEBサーバのコネクションが不足していると、真っ先にニコニコ動画の社内メーリングリストに原因を指摘するメールを投げたのは当のひろゆきでした。
ドワンゴはアパッチやMySQLを使用した大規模なPCのネットサービスはニコニコ動画がはじめてだったので、負荷によるトラブルの原因について、症状を見ただけでなにが問題かを判断できるひろゆき氏が、障害の一時切り分けをしていたことが多かったのです。
翌13日もアクセスは衰えを見せず、それまで1か月のニコニコ動画(仮)の歴史で、再生数1万回以上は、たしか2,3個ぐらいしかなかったのに、ほんの1日で数万回もの再生回数になりました。(ちなみにそれまでの再生回数の1位もひろゆきがブログで紹介した動画です)
Youtubeでの再生回数も1日で10万回近く、その日の全世界での再生数第2位となりました。
ミニカーが走る10秒もない短い動画ですから、事情を知っている日本人以外はなにが面白いのかさっぱりわからず、youtubeのコメントでは、なにが面白いのか?と不思議がったり怒ったりする外国人がたくさんいました。
あまり目立つとYoutubeの運営に目をつけられるかもしれないので、次からはAmebaVisonにアップロードすることにしようと決めます。
そしていい感じに盛り上がってきたなかでニコニコ動画(仮)は終了の日を迎えます。
すでに定着したユーザからは辞めないでほしいと、それまでほとんどコメントのつかなかった開発者ブログにたくさんの書き込みがありました。
たとえ中断しても、また近いうちに再開してほしいというコメントを読むたびに、このひとたちは、終了した1時間後にニコニコ動画(β)が開始すると知ったら、ふざんけんなと、怒り出すんじゃないかと心配していた記憶があります。
いまのニコニコユーザだったら、相当、荒れたことでしょう。
ところが1月15日、ニコニコ動画(β)が、ほとんどロゴだけ変わって、中身は一緒で再開されても、騙されたと怒り出すひとはひとりもおらず、みんなニコニコ動画がなくならなかったことを喜んでくれたのです。
思わず嬉しさと申し訳なさで、スタッフの胸が熱くなりました。まだ、ニコニコ動画がスタートして1カ月ちょっと。まだ運営とユーザの間に、親しき仲にも礼儀のあった時代のはなしです。
さて、しばらく前から一部で話題になっていた変な動画サイトは、実はひろゆきプロデュースのニワンゴのサービスだったということで、プレスリリースはあちこちのニュースサイトがとりあげてくれました。
さらに、2ちゃんねる閉鎖騒動についてのひろゆきの独占インタビュー動画を2日後の17日にAmebaVision経由でニコニコ動画に投稿します。この頃はまだニコニコ動画の知名度が低くて、ニコニコ動画よりも、AmebaVisionのURLを紹介するほうが多くて残念だったのを覚えています。
しかし、いずれにしても、この一連の流れでニコニコ動画はネットメディアのみならず、いきなり夕刊フジなどの紙メディアでも報道され、一挙に知名度を上げます。
アクセス数も爆発といっていいほどの急上昇を見せます。
ユーザが増えている様子を演出しようと、ニコニコ動画の売りのコメント数にこだわろうということで、100万コメント達成とかの節目でケーキを食べる写真を開発者ブログにアップする風習を開始します。2月8日の1000万コメントでは動画にまでなります。
実は、意外にもこの騒動で集まってきたユーザはネットの先進ユーザは多かったですが、2ちゃんねるのコアユーザはあまりいませんでした。
Google Analysisのログデータをみても、2ちゃんねるからの来ているユーザは、yahoo, google, mixiから大きく引き離された4番目でした。
下手すると個人ブログのGilClowsの映像技術研究所にも抜かれて5位のときのほうが多かったぐらいかもしれません。
2ちゃんねるでニコニコ動画旋風が吹き荒れるのは、実は(β)開始10日目の1月24日のitmediaに200万PV突破の記事が載り、それが2ちゃんねるのニュース速報に転載されたときからです。このスレはまたたくまに1000レスを超えました。
そう、ひろゆきの動画でニコニコ動画にイナゴのように遊びにきては去って行ったVIPPERたちが気づいたのです。
どうやらニコニコ動画は流行りかけているらしい、と。
この記事を境にして、VIPPERたちがニコニコ動画に再来襲したのでした。
しかも今回は遊びにきたのではなく、定住の意思をもって……。
(つづく)
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
第3話「ネットサービスのエンタメコンテンツ化」
VIPPERは敵にまわすと恐ろしいが味方にすると頼りない、とよく言われます。
もうひとつわれわれの経験からつけくわえると、VIPPERは、ネットの流行をつくる力をもっているくせになにが流行するかは自分自身では判断しない、です。
ニコニコ動画の流行に決定的な影響力を及ぼした2ちゃんねるのコアユーザであるVIPPERたちが、最終的にニコニコ動画を認めたのは、己の直感ではなく、Itmediaの記事がきっかけでした。
1月24日の記事を境に、2ちゃんねるとそのまとめサイトからのアクセスが急増しはじめます。それとともにニコニコ動画の遊び方、楽しみ方が急激な発展をみせるようになります。
ある日、レコード会社である某AVEXのひとから話をききました。
社内でとにかくめちゃくちゃ面白い動画サイトがインターネットにあると話題になっている。その動画サイトでは音楽PVにあわせてコメントで合唱をするんだと。
それは、もちろんニコニコ動画のことでした。そして、合唱とは、ニコニコ動画の通称"弾幕"のはじまりのことを差したのでした。
すこし遅れて「空耳」も流行しはじめます。
Youtubeなどの既存の動画サイトとまったく違う文化がここからはじまりました。
ニコニコ動画では、動画を最後までみるばかりでなく、自分の好きな動画を何度もくりかえして見るのです。
同じ動画でもコメントがちがうとそのたびに違う世界が広がります。
人気動画にはそれぞれ固定のファンがつき、毎晩、みんなで同じ動画をコメントしながら鑑賞する文化がはじまります。
あるメンテのとき、すでにメンテ時間ははじまっていましたが、すでに動画を読み込んでいるユーザはひきつづき再生もコメントもできていたのですが、ユーザとわれわれのスタッフが、コメント画面でチャットをしたことがあります。
そのユーザは再生数と同じだけコメント数をふやすという"仕事"をやっていました。弾幕コメントをいろいろつけて、コメント数が再生数と同じにしてから、そのユーザはログアウトしていきました。
いまよりもずっと動画投稿数は少なく、人気動画はそうやって固定ファンがついていくので、ランキングは何週間もなかなか顔ぶれがかわりませんでした。そもそも毎日新しいユーザがくるのでどんな動画も彼らには新鮮だったというのもあります。
そして、いつしか、それぞれの人気動画でランキング上位を競い合って再生数を増やす戦いがはじまります。
通称F5アタックと呼ばれたのは、通常、リロードが割り当てられているF5キーを連打することによって再生数をカウントアップするという方法でした。
田代砲なども使用され、戦争は加熱していきます。
このままではyoutubeに目をつけられて切断されてしまう、と恐れたわれわれは必死にF5アタックなどで再生数が増えないようなロジックを組み込みます。
また、それを回避するような方法が発見され、また、それをブロックするといういたちごっこがはじまります。
毎晩、人気動画をアクセス数をあげる"祭り"に命をかけるひとたちと、運営との戦いのはじまりです。
とにかく毎週、倍以上にアクセスが増えるのです。通常、1か月ぐらいは準備しておこなうようなサーバの増強をわずか1週間で強行して、サーバ能力を2倍にしても、負荷にまた耐えられなくなるまで1週間もかかりません。
今年のニコニコ成人の日に(仮)時代と(β)時代のページビュー数の日別の表を大公開しました。
◆ニコニコ動画(仮)(β)当時のページビュー数公開
ニコニコ動画をはじめてから、バグとかではなく、本当に負荷が多すぎるためにトラブルがおこったのは1月12日が最初です。
その日のPV数は21万回でした。この日の障害をきっかけにサーバの増強計画がたてられます。ところが増強する間もなく、毎週、2倍、3倍とアクセスが増えたのはご覧のとおりです。最終的には(β)時代の末期には1月12日の100倍以上のアクセスがきています。
サーバ増強の必要がでてから40日間でアクセスはさらに100倍以上に増えたわけです。
ネットの歴史でも似た前例を聞いたことがないリアルタイムサーバ増強計画がはじまります。
サーバ増強の主役は戀塚くんのパートナーである鈴木慎之介君です。彼は1月12日の障害のあと、社内的にある宣言をします。
「サーバの台数は増やさない、ソフトウェアのチューニングのみで頑張ります」
(つづく)
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
第3話「ネットサービスのエンタメコンテンツ化」
第4話「開始と2ちゃんねる閉鎖騒動」
アクセスの増大に対応するためにサーバのインフラを増強する場合、機材調達とかを含めると、ふつうは2,3か月。1か月で行えればかなり頑張ったほうだといえます。
それだけの時間をかけて増強するサーバ処理能力はせいぜい50%とか2倍ぐらいなものです。まあ、ふつうはそれぐらい増強すれば十分なことがほとんどです。
ニコニコ動画の場合は負荷問題が発生して1ヶ月後にはさらに100倍の負荷になっていましたから、ふつうのサーバ増強のやりかたでは対応できませんでした。そもそも1ヶ月後にアクセスが100倍になるなんて、われわれ含めて世界の誰も予想していませんでした。
このネットの歴史的にも珍しいぐらいのアクセスの爆発にリアルタイムに対応できたのがニコニコ動画が成長できた大きな理由のひとつです。
これを実現できたのは、実質開発総指揮の鈴木慎之介君のできるだけサーバハードウェアの増設はおこなわずにソフトウェアを負荷増大にあわせてリアルタイムにチューニングしてサーバ能力を増やすという強引な方針が大成功したからです。
それと、もともと、われわれはニコニコ動画が相当な人気になるんじゃないかという淡い期待を抱いていましたので、かなり最初から、ドワンゴとしては気前のいい規模のサーバを用意していました。
1月12日の最初のアクセス増大によるトラブルが発生したときに、ニコニコ動画は10台のサーバで動いていました。WEBサーバ4台とDBサーバ2台とメッセージサーバ4台です。
われわれのざっくりした見積もりでは、ユーザ数が100万人ぐらいになっても、ハードウェアの限界を出し切れば対応できる予定でした。
もし、ユーザ数や、ユーザひとりあたりの使用頻度が想定より上回っていても、それぞれ、WEBサーバとDBサーバ、メッセージサーバは、並列に増やしていけば性能があがる設計になっていましたので、まあ、よほどのことがあってもなんとかなる予定でした。
ところが1月12日以降のユーザの伸びは、われわれが想定した「よほどのこと」をはるかに上回る規模でした。1ヶ月でアクセスが100倍になったわけですから、毎週、平均3倍ぐらいのスピードでアクセスが増えたわけです。
さらにその増えたユーザは、ランキング競争をはじめて、毎晩、祭りをおこして、あげくのはてにはF5アタックやら田代砲までうちはじめるわけです。最終的にはDDoS攻撃までくらいながらの激動の40日間です。
この時期を、サーバの増設はほとんどせずに、最初の10台から、わずか3台増えただけの13台で(β)サービス終了まで乗り切ったのでした。
増設したのは2月2日にDBサーバ1台。これは動画の検索専用サーバとして追加しました。2月2日にWEBサーバ2台。これはさすがに足らなかったからです。
13台というのはサービス規模からするとかなり少ない台数だと思います。ドワンゴとしての感覚でも30台ぐらいでやるなら普通、100台ぐらいまで増えるとしたら多すぎですが、世の中みたら、そんなケースもなくはないっていったところでしょう。
にもかかわらず、10台+3台で1ヶ月で100倍増のアクセスを、ほぼソフトウェアのチューニングだけで乗り切ったわけですが、実際のところ、われわれにはそれしか選択肢はほとんどありませんでした。以下の理由です。
・納期的に無理。アクセスの伸びが速すぎて、毎週サーバを倍に増やすとか、できるわけがありませんでした。
・在庫的に無理。余っているサーバは最初の10台でほぼ使ってしまったので、そもそも増設するサーバがありませんでした。
・物理的に無理。サーバを収納するラックが余っていませんでした。
・人員的に無理。サーバを増設するとして、倍々ゲームになることが予想されますが、作業するスタッフの確保ができませんでした。
そして、なにより、大きいのが、実質開発総指揮(というか、当時は部下もいませんでしたが)の鈴木慎之介君にとって、ソフトウェアのチューニングで性能をあげる作業が、楽しくてしょーがなかったのです。
およそソフトウェアエンジニアにとって性能アップのためのチューニングほどやりがいのある仕事はないといえます。たとえ実際には意味がなくても自分のPCのベンチマークの数値をあげたりするのとても楽しい作業です。ましてニコニコ動画の場合は、実際にユーザとアクセスが、毎週、増えていき、チューニングの効果が目に見えるわけですから、仕事としてできる大義名分まであるわけです。サービスの機能追加なんてめんどくさい仕事は後回しになるにきまっています。結局、(β)中はほとんどサービスの機能追加はおこなわれずに、サーバ性能向上だけに力がそそがれることになります。
なんぼなんでも、そろそろサーバの物理的な増設を本気で考えようよ、そして、ヘルプのエンジニアつけるから、他のこともやりやがれ、という周りの説得が成功するのは、結局(γ)サービスの開始のときまでかかったのです。
ただ、いずれにせよ、このアクセス爆発時期を、トラブルが頻発しながらも、まがりなりにもサービスを継続できたというのが、ニコニコ動画が成功した大きな要因だったと、ふりかえってみて思います。
さて、そんなこんなで四苦八苦するニコニコ動画(β)ですが、この時期ははやくもニコニコ動画にライバルがつぎつぎと登場してきた時代でもありました。
(つづく)
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
第3話「ネットサービスのエンタメコンテンツ化」
第4話「開始と2ちゃんねる閉鎖騒動」
第5話「VIPPERの来襲と祭りのはじまり」
ニコニコ動画の仮想敵みたいなものは、定期的に更新されるのですが、いつも決めています。
実際は敵というよりは、ニコニコ動画の他サイトとの相対的なアクセスの増減をチェックするのにalexaというサイトを利用しているのですが、そのときにニコニコ動画と一緒にグラフを表示して比較する相手という程度の意味です。
ニコニコ動画(仮)の時代は、mocovideoというサイトとVIDEOCHOPという2つのサイトを監視していました。とくにmocovideoはサイト開始がニコニコ動画の少し前だったことと、ニコニコ動画と同じくGoogle Analysisを使ってトラフィックを調べていたうえに、その数字をブログなどで公開していたため、頻繁に比較対象にしていました。
ニコニコ動画(仮)の時代はmocovideoのほうがトラフィックの伸びがよく、コメントをつける動画サイトはやっぱり邪道なのかとしばしば悩んだりしました。
ニコニコ動画(β)になって、8日後の1月23日、字幕.inというサイトが開始します。これはニコニコ動画(仮)にインスパイアされてつくった動画サイトで、ニコニコ動画が複数のひとがコメントできるのに対して、字幕.inは投稿したひとりだけがコメントできるというのが特徴でした。
われわれ的にはそれはインスパイアというよりはただのサブセットじゃないかという思いも強かったのですが、ひとりだけしかコメントできないということは、字幕.in独特の字幕職人を生み出す土壌となり、ニコニコ動画とはまた違った動画の楽しみかたを生み出しました。
これはある程度、ユーザの棲み分けが起こる可能性があるということでわれわれも注意してみていたのですが、字幕.inをやっていた管理人と知り合いのひろゆきは、「彼はすぐ飽きるから、あんまり気にしなくていいですよ」といっていて、事実、その後、字幕.inの進化は次第に止まることになります。
次に登場したのはかねてから動画サイトをやると噂のあったミクシィがはじめたmixi動画です。
実はニコニコ動画の弾幕文化がはじまった1月末の段階で、われわれは成功を確信しており、ライバルはもはやyoutubeだけだろうと考えていました。
ただ、唯一、国内でニコニコ動画の足元をすくう可能性があるところとして警戒していたのがmixiです。
単純にニコニコ動画のコピーサイトができても、コメントを主体とする限り、ユーザ数が多い先行のニコニコ動画のほうが有利だとわれわれは考えていました。
ただし、匿名掲示板の2ちゃんねるに対するSNSのmixiのように、匿名コメント動画サイトのニコニコ動画に対するクローズなSNS的なコメント動画サイトというものをmixiがつくるとすると、やられてしまう可能性はあると思っていました。
ですのでmixi動画発表時にはニコニコ動画のようなコメント機能がついていないことに胸をなでおろすとともに、そのあともいつそういったことをはじめないかというのを注意深く見守っていました。
2月16日にスタートしたのが、WEB2.0の雄である、はてなの新サービスRIMOです。はてなについては動画サイトをはじめる可能性がある警戒すべき有力企業として当初から予想していた会社ですが、エンタメ要素に大きく振るつもりのニコニコ動画であれば、従来のはてなブランドの延長線の動画サービスがあらわれても十分競争できると考えていました。
ですので、RIMOが登場した時の衝撃は大きかったです。はてなとはおもえない斬新なUI,しかもブランドに「はてな」がついていない上に、サービスのコンセプトに対する割り切りの強烈さはニコニコ動画以上でした。
しかも、さすがWEB2.0企業を代表するはてなのRIMOの発表は、ニコニコ動画登場のときよりもずっと大きくネットメディアにとりあげられました。
「さすが、はてな。恐るべし」
唸りながらも、早急にニコニコ動画の勝利を確実にするための新バージョンの開発をいそがなければならないと決意します。
われわれは今後の体制と方針を決めるためにひろゆきも交えて再三の会議を開きました。
(つづく)
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
第3話「ネットサービスのエンタメコンテンツ化」
第4話「開始と2ちゃんねる閉鎖騒動」
第5話「VIPPERの来襲と祭りのはじまり」
第6話「サーバ負荷と実質開発総指揮者の暴走」
ニコニコ動画は(β)以降、(γ)(RC)(RC2)とバージョンを重ねて、昨年12月を予告していた(SP1)がまだでていないという状況ですが、実は(SP1)どころか、夏頃までには登場予定のさらにその次のバージョンまでに搭載されるニコニコ動画の新機能は、すでに(β)時代に構想があったものがほとんどです。
先月からやっとテストのはじまった生放送は、もともと昨年2月から開発を開始して、同5月にニコニコ動画初の有料サービスとして投入すべく準備したものです。5月のイベントが中止されたために発表はできませんでしたが。
ニコスクリプトも字幕.inと同じことを、よりプラスアルファをつけてできるようにするために、やはり、昨年の2月頃に企画されました。
動画のタグ付け、カテゴリ分け、マイリスト、友達リスト、同期チャットなど、当時、開発をすすめようとしていたニコニコ動画の次期バージョンは、γ+RC+RC2+SP1+アルファぐらいの内容でした。
1年後の現在、この計画がうまくいかなったのは、みなさん御存じの通りです。最初のつまづきはアクセス増のため負荷対策に追われてなにもできなかったことです。そして、SMILEVIDEOを予想よりも早くつくらなければならなかったり、収入をすこしでもつくらないとサービスの継続が難しくなったり、権利侵害対策だとか、突発的な出来事のため、どんどん開発計画はスリップしていき、当初の計画のイメージに近いものになったのは(RC2)からです。
さて、2月の時点でしばらくアクセス対策以外はなにも開発できないからということで、とりあえず目先どうやるという話になったときに、ひろゆきが主張したのは公式動画をたくさんつくろうということでした。
Youtubeがもっていない独占動画を集めることで差別化しようということです。
幸いドワンゴはもともと携帯コンテンツの配信でいろいろな権利者と付き合いがありました。非公式に、さまざまな会社にニコニコ動画の説明にいくローラー作戦を開始します。
現場としては非常に理解を示してくれることが多かったですが、やはり正式に会社としてニコニコ動画を認めるということになると難色を示すところが大部分でした。
ニコニコ動画が最終的に成功するためには、権利者に認められることは必須です。なにかニコニコ動画を通じて、実際にビジネスの成功例をいくつもつくることが重要だと考えて、まず、当時、人気のあった陰陽師の動画のCD化の計画がスタートします。
そしてCDといったすでにあるビジネスに置き換えるだけではなく、ネット上での動画配信だけでも課金できることを証明しようという目標もたてました。
ですが、基本無料のニコニコ動画で動画ごとの有料課金を成立させるのは非常に難しい課題です。
よほどのキラーコンテンツでなければ意味のある結果を出すのは難しいでしょう。
われわれはネットでの有料課金が成功するとしたら、一番可能性が高いのはライブ配信だろうと考えました。
そのなかでもニコニコライブで最強の有料化可能なコンテンツは、総合格闘技PRIDEの生中継だろうと考えたのです。
2007年2月、PRIDEを主宰するドリームステージエンターテイメント社との話し合いの結果、3か月後の5月の大会から3大会連続、ニコニコ動画がPRIDEの試合をネット独占配信することが決まったのです。
さっそく生放送バージョンのニコニコ動画の開発チームが別途編成されました。
ところでここで本当の公式動画第一弾のことを紹介したいと思います。昨年末の年越しのニコ割によるニコニコ動画のエンディングで、公式動画第一弾として紹介されたレッツゴー陰陽師ですが、じつは本当の第一弾はβ終了直前に配信した西口プロレスの試合映像でした。公式動画をたまにはフォト蔵にアップロードしてみようと試みたところ、トラブルで音と映像の同期があわず、再エンコードしようとしているうちにニコニコ動画が終了してしまったのです。
DdoS攻撃と(β)終了の騒ぎのなかで、数日だけ公開されたままニコニコ動画の歴史の影にうもれてしまった出来事です。
さて、そろそろニコニコ動画(β)の昔話も終盤のクライマックスにさしかかってきます。
いつものようにニコニコ動画のユーザの反応を2ちゃんねるやブログでチェックしていたところ、不穏な事件が起こっていることを発見したことから事件ははじまります。
どうやら、ニコニコ動画のせいで米国youtubeのランキングに異変がおこり、騒ぎになっているようなのです。
常識的に考えて、youtubeはニコニコ動画という存在に気づいたか、遠からず気づくに違いありません。
われわれの緊張感は高まりました。
(つづく)
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
第3話「ネットサービスのエンタメコンテンツ化」
第4話「開始と2ちゃんねる閉鎖騒動」
第5話「VIPPERの来襲と祭りのはじまり」
第6話「サーバ負荷と実質開発総指揮者の暴走」
第7話「ライバルの登場」
2月にはいって、人気動画を巡って、ますます、加熱する毎晩の再生数競争はyoutubeのランキングに異変を起こしました。
Youtubeのランキングは、当然、全世界での集計なのですが、上位20個の動画のうち、週末になるとなぜか半分以上が日本の動画で占められるようになったのです。とくに1位以下の上位は、ほとんど日本が独占です。そのほとんどはニコニコ動画のランキング上位と連動していたのです。
Youtubeでランキング入りしている、日本の動画にはひとつ特徴がありました。Youtubeのほうにはコメントがほとんどついていないのです。まず、日本人はニコニコ動画を通じて見ているので、本体のyoutubeではコメントはつけません。一方、外国人は、なんの動画だが、わからないので同じくコメントしようがありません。ついているのは、意味がわからないとか、日本人はyoutubeを自分たちの倉庫かなにかと勘違いしているという罵倒の文句ばっかりになっています。
ニコニコユーザは本当にyoutubeを倉庫扱いにしていて、youtubeにあげるときも動画の説明文はニコニコユーザへのメッセージになっていて、youtubeユーザにはまったく意味がわからないということも増えてきました。それが世界の動画ランキング上位にくるのですから、外国人達の怒りもヒートアップしてきます。
とうとうニコニコ動画というサービス本体も発見されてしまいます。
ここが元凶かと、怒った外国人たちがニコニコ動画までやってきて動画を英語のコメントで荒らしまくるという事態が始まりました。
当時の2ちゃんねるの掲示板では、こういった外国人の荒らしの襲来に対し、ニコニコユーザが団結し、対抗してコメントをこっちも書きまくって、数で外国人の荒らしコメントを消し去り、見事、勝利、撃退したとかいう戦勝報告がたびたびされていました。
もちろん、我々はそういう勝利がなんの問題の解決にもなっていないことを認識していましたので、youtubeに迷惑をかけないように再生数が無闇にあがらないようにF5アタックができないようにシステムを書き換えたり、ランキングの一時停止などをおこないました。
ですが、そういったランキング目的の不正行為を除いたところで、ニコニコ動画がyoutubeにかける負荷はもはや無視できないレベルにたっしているという結論にわれわれは達しはじめます。
この時期、日本からのyoutubeのアクセスが非常に重くなっていたのですが、ところがニコニコ動画がメンテすると一挙にyoutubeが軽くなるのです。(逆のこととしてyoutubeがメンテをおこなうとアメーバヴィジョンがスローダウンするという事件もありました)
動画再生数とかを分析してみても、もはや日本からのyoutubeへのアクセスは半分以上がニコニコ動画経由である可能性が高く、すくなくともネットのコアユーザにおいては既に逆転していると我々は判断せざるをえませんでした。
これではyoutubeにアクセスを遮断されるのは時間の問題でしょう。
社内で何度も議論がされます。
もともとこのyoutubeからアクセス遮断される可能性についてはニコニコ動画を企画したときから懸念点でした。
このときのわれわれの予想は以下のようなものでした。
・このサービスをやっていいかどうかということを極東の島国のわけわからん会社が、youtubeに相談しにいっても、そもそも相手にされるわけがなく、判断できる権限をもった担当者までも辿りつけないだろう。
・Youtubeはブログでの外部再生をできるプレイヤーを配布しており、オープンに利用方法を解放することによって大きくなってきた会社なので、企業戦略として、ニコニコ的なサービスは、すくなくともよほど問題になるほどのトラフィックを発生させなければ、黙認される可能性が高いだろう。
・日本で多少もりあがったところで、英語版のサービスさえやらなければ、マーケティングの責任者に正しい評価されることもないだろうから、ニコニコ動画のUIのもつ可能性については、日本ローカルの特殊な現象として、興味すら持たれないに違いない。ちなみに、事実、ニコニコ動画は日本ローカルの特殊な現象である可能性もあると思っていますが、われわれが関心があったのは、youtubeがアクセス遮断をするか、どうか、似たようなコメント機能をつけてくるかどうか、ということだったので、ニコニコ動画は日本ローカルの特殊な現象であると思われたほうがいいと考えていました。
・ニコニコ動画が日本ローカルな問題であるかぎり、なんらかのアクションをおこすまで、それなりに意思決定に時間がかかるのですくなくとも半年から1年間の猶予はあるはず。
そしてyoutubeがニコニコ動画にたいしてなんらかのアクションをとってきたときの対応策は決まっていました。
・売ってくれといってきたら、それはニコニコ動画のUIの価値を認識したということだから、売らなくても対抗して同じサービスをやってくるだろう。そのときは勝てないだろうから、諦めて、とっとと売る。
・アクセス遮断をおこなってきたら、ハッキングしてアクセス遮断を回避するようないたちごっこはやらない。ユーザはその時点でついているだろうから、youtube以外の動画サイトを利用してサービスを継続して戦う。
で、まあ、常識的に考えて、売ってくれといってもらえる期待はあんまりしないほうがいいだろうというのを、われわれは思っていましたので、youtubeがアクセス遮断をおこなってきたら戦うという覚悟はしていました。
でも、結局のところ、WEB2.0の代名詞的google+youtubeなんだから、ニコニコ動画が認識してもらえるぐらい大きなサービスになったとしても、企業理念的に、われわれみたいなサービスも許容する可能性のほうが大きいんじゃないかと思っていたのです。
ところが、youtubeランキング問題が発生すると、それはかなり楽観的すぎる見通しではないかと考えるようになりました。
そしてもしyoutubeからのアクセスが遮断されたとしたら、youtubeから乗り換えるべき、ニコニコ動画の膨大なアクセスをさばける動画サイトなんて、世界中にどこにもない、という事実に気がついたのです。
Youtubeのライバルと呼ばれる動画サイトは世界中にいくつもありました。しかし、どれも日本からアクセスするとyoutube以上に重く、おそらく、ニコニコ動画がのっかったとたんにパンクしてしまうでしょう。
国内においてもとてもとてもニコニコ動画の産むトラフィックに耐えられそうなサーバをもっているところはありません。
独自に動画サーバをドワンゴで作るしかないという結論になりました。
それもできるだけ早く。
次に問題なのが回線の確保です。最低、最初から10Gbps欲しい。しかも1年以内にその数倍になる可能性にも耐えられるところが必要です。
複数のひとに相談したところ、次のようなことをいわれます。
「いまのニコニコ動画のトラフィック捌けるところって、すぐにやりたいのなら、日本にそれができるデータセンターをもっているのは、ふたつしかない。Yahooか、GYAOをもっているUSENだね。まともに一から用意しようとすると半年とか1年はすぐにかかっちゃうでしょう」
しかし、そもそも付き合いのないYahooやUSENがニコニコ動画に協力してくれるような交渉が、とても成立するとは思えません。
しかし、ひとつだけ可能性があるように思えました。
USENと関わりの深い、エイベックスの荒木取締役に仲介を頼むことにしたのです。
荒木さんのおかげで、USENはGYAO用の回線の一部をニコニコ動画の独自サーバ用に提供することを約束してくれました。
次は独自サーバの開発の準備です。ドワンゴの技術のトップ千野君が、チームを編成し、開発スケジュールを見積もりをたてます。
でてきた答えは、かなり急いでも3か月ぐらいは開発期間をみてほしい。6月の頭にサービス開始を目標としたい。というものでした。
それまでyoutubeは待ってくれるのでしょうか?
そういう不安の中、運命の2月21日に、予想もしなかったさらなる事件が発生します。
インフラチームの佐藤哲也君が、珍しく障害報告をメールでなく直接、口頭で説明したいとやってきたのです。
彼は深刻そうな表情をつくりながらも、明らかになぜか張り切った雰囲気で説明をはじめます。
「現在おこっているサイト障害の原因が判明しました。DDoS攻撃を受けています」
(つづく)
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
第3話「ネットサービスのエンタメコンテンツ化」
第4話「開始と2ちゃんねる閉鎖騒動」
第5話「VIPPERの来襲と祭りのはじまり」
第6話「サーバ負荷と実質開発総指揮者の暴走」
第7話「ライバルの登場」
第8話「次期バージョンの計画と公式動画」
ツールを使ったコメントの自動投稿や、再生数のかさ上げは、これも我々にしてみるとほとんどDoS攻撃みたいなものですが、これまでもいくつかありました。
F5アタックによる祭りは人力によるDDoS攻撃といっても過言ではありません。
そのたびにIPアドレスをアクセス禁止にしたり、同一IPからの連続アクセスを遮断するプログラムを組み込んだりしていたのですが、今回の攻撃はそういったいわゆるサイトの不正利用ではなく、ニコニコ動画のサイト自体をサービスできなくすることを狙った本当の攻撃でした。
10個以上のIPアドレスから攻撃が行われ、そのすべてのアクセスを禁止すると、一旦は収まりました。しかし、対応されたことに気付いたのか、数時間経つと、また別のIPアドレスから攻撃がはじまります。
とりあえず、根気比べということで、佐藤哲也チームが、徹夜でつきっきりで、いたちごっこ対策をしながら、ログを分析します。
攻撃は早朝までにはだいぶ弱くなり、サービスへの影響はなくなりましたが、翌日の日中も攻撃自体は継続しました。
過去のログを解析してみると数日前から攻撃はされていたらしいことがわかります。だいたい攻撃は夕方以降激しくなり、0時以降朝方にかけて収まっていきます。
おそらくウイルスかなにかを感染させたPCから攻撃をおこなっていて、パソコンに電源がはいってネットにつないだ瞬間に攻撃がはじまるのでしょう。
22日の夜もやはり夕方以降、急激に攻撃をしてくるPCの数が増加し、とうとう1000台を超えました。
もはや、手動での防御では間に合わないレベルです。
さらにはニコニコ動画と同じネットワーク上においていたドワンゴの主力事業である携帯サイトにも影響がではじめました。
まったく手の施しようもない状況の中で、我々は決断を下しました。
「もう寝よう」
ニコニコ動画のサイトのトップに、DDoS攻撃のためしばらく休業させていただきます、みたいな告知文を書いて、サービスを停止してから、もう寝ようということが決まります。
開発者ブログでは、連日のサイトトラブルにたいして、ユーザからの運営への非難のコメントで溢れていました。このまま無理にサービスを継続して、評判が下がるぐらいだったら、サービスを止めたほうが同情を集めるんじゃね? そしたら、文句もDDoS攻撃しているなにものかに向かうんじゃない?と願ったのでした。
さて、サービスを停止している間に、ドワンゴのメインのネットワークからニコニコ動画を切り離す作業をおこなうことにしました。DDoS攻撃の巻き添えをくらって、ドワンゴの収益のほとんどを占める携帯サイトのサービスが止まることのほうは会社にとって死活問題だったからです。
もうひとつ理由がありました。
DDoS攻撃に使われた手法はSYN Floodと呼ばれるものだったのですが、その対策としては同一IPからの連続アクセスを遮断するのが有効です。ところがニコニコ動画とドワンゴの携帯サイトが同じネットワーク上にあったため、その設定をおこなうと、ドコモなどの携帯キャリアのネットワークのIPアドレスが攻撃と認識されてしまう問題があったのです。これは携帯電話端末からのインターネットアクセスはすべて携帯キャリアのゲートウェイを経由しておこなわれるからです。携帯サイトとニコニコ動画を切り離せば、DDoS攻撃対策の設定が可能になるはずでした。
そしてどうせならニコニコ動画をしばらく停止している間に待望の新機能をつくろうということにします。
ニコニコ動画(β)がはじまって以来、ずっとサーバの性能向上におわれていたので、ほとんど新機能の開発に手がつけられていなかったからです。
特に早期に追加したかったタグ機能は、かなり、ニコニコ動画のシステムが複雑になる変更でしたので、サービスを止めている間につくるというアイデアは魅力的でした。
ちなみに、DDoS攻撃に対して警察へ被害届の提出や、プロバイダなどにも協力要請をおこない、攻撃経路をつきとめようということも並行して行っていました。が、ご存じの通り、数日後、それどころじゃなくなります。
さて、サービスを停止していれば、DDoS攻撃も飽きてやめるんじゃないかと予想していたのですが、実際には攻撃してくるPCの数はサービス停止後も、増え続けて、23日の早朝にはピークの3000台以上にまで達します。しかし、そのあとは急激に減少し、おそらくファイアーウォールの新しい設定で十分対処できる見通しがたちました。
ところが、ネット上のブログでへんな噂が流れはじめました。
"ニコニコ動画が実際にはDDoS攻撃なんてされていない。サービスを停止した本当の理由はyoutubeからアクセス遮断されたせいだ。"
念のため、戀塚くんに調べてもらいます。戀塚くんはべつに異常はないようだけど、とメッセですぐに返事がかえってきました。ただのネット都市伝説の類だろうと、無視をすることにします。
24日の昼間にニコニコ動画の運営を再開しました。ファイアーウォールの設定はうまく働いており、DDoS攻撃の影響はまったくなくサービスは動いています。
喜んだのもつかのま、ユーザーの多くが動画の再生がまったくできないことで騒ぎはじめました。
社内でも、動画の再生ができるPCとできないPCに分かれました。違いはブラウザでした。Firefoxだと正常に再生されるのです。IEの一部のバージョンで再生されないようになっていたのです。
Youtubeがおこなったアクセス制限はリファラーで判断し、nicovideo.jpからのアクセスを拒否するものでした。ところがFlash内部からのアクセスにはFirefoxはリファラーをつけない仕様になっていたため、症状が起きなかったのでした。
サービス再開後、わずか1時間で、再度、ニコニコ動画(β)はサービスを無期限停止することを発表しました。
まず、小林社長にyoutubeからアクセスを遮断されたことを報告します。
「ずいぶん、予想よりも早かったね」
社内ではX-DAYがあるとすれば(β)開始半年後の7月頃だと予想していました。
「ええ、まあ、アクセスが増えたのも、予想より、ずっと早かったですから」
「で、どうするの?」
「予定通り独自サーバをつくります」
「いくらぐらいかかる?」
「月に1億は掛からないかと思います」(実際はもっと掛かりました)
「勝負どころやね」
「ええ」
ただし…、小林社長は釘を刺します。2期連続赤字をつづけているドワンゴは、現在、銀行借り入れができない状況にある。まだ手元に100億以上の現金があるとはいえ、この規模の投資はいくつもできない、もし失敗したら、これが、たぶん、ドワンゴができる最後の大勝負になる、と。
ひろゆきも加わり、夜に緊急会議を開催することにします。
その会議の前に、開発の責任者の千野君を呼び出して告げました。
「千野君は、続・昔話の9話で、独自サーバの開発には、3か月かかると言っていたけど。社内にいる戀塚くんクラスのプログラマ2人ぐらい、いまの仕事からひっこぬいていいからさあ、1週間ぐらいでつくってくれないかな?」
(おわり)
というわけで続・昔話は終わりです。次からはニコニコ動画が規模を大幅に縮小して、会員限定のサービスとして復活した(γ)時代がはじまりますが、それは続々・昔話でお話ししたいとおもいます。
2007年、ニコニコ動画は日本のネットの歴史に残るだろう一大事件になりました。
ですが、思い返してみても、この1年の道のりは、決して平坦なものではなく、一歩間違えばニコニコ動画がなくなっていた可能性は少なくありませんでした。
現在、ニコニコ動画がこのようにサービスをできていることには、開発者だけでなく、たくさんの人が関わっています。本当にいろいろな人に助けていただいて、いっぱい大きな借りが出来てしまいました。
その中でもニコニコ動画にとっての最大の恩人は、ネットの世界ではとかく敵視されたり、悪口をいわれたりする側にいたりするかもしれません。
2008年、まずはニコニコ動画を軌道にのせて恩返しをしたいところですが、まだまだ、今年はむしろ借りは増えてしまいそうです。もし、ニコニコ動画が潰れてしまったら、みなさん、本当にごめんなさい。
前回、今回と、この"昔話"シリーズは、ニコニコ動画がネット世界の歴史的な事件になると仮定して、だれがどのような役割をはたしたか、いつ、どういうようなことを考えていたのかを、まだ記憶に残っているうちに、できるだけ正確に書き残していこうという意図からはじまりました。ですから、書かれている内容は若干の脚色だったり細部の間違いもありましたが、ほぼ実際にあったことです。
ユーザのみなさんのことはあまり書かれていないのは仕様です。
まあ、ユーザのみなさんは、わざわざ、我々が昔話で書くまでもなく、どうせ、ニコニコ動画は自分たちのモノで、つくったのも運営じゃなくて俺たち(私たち)、ぐらいに思っているひとが大部分でしょうから、ここでは感謝の意だけ表わせば十分でしょう。
こうしてニコニコ動画を失くさないように尽力してくれるひとたちがいてくださるのも、すべてはユーザのみなさんのおかげです。われわれは、みなさんを本当に誇りに思っています。だって、ふつうは蔑称にしか聞こえない「ニコ厨」を、嬉しそうに自分で名乗るようなユーザがいるサービスなんて、ほかにあるでしょうか!
◆続・昔話バックナンバー
第1話「2ちゃんねる求人」
第2話「ドワンゴと西村博之氏」
第3話「ネットサービスのエンタメコンテンツ化」
第4話「開始と2ちゃんねる閉鎖騒動」
第5話「VIPPERの来襲と祭りのはじまり」
第6話「サーバ負荷と実質開発総指揮者の暴走」
第7話「ライバルの登場」
第8話「次期バージョンの計画と公式動画」
第8話「ニコニコ動画(β)の最期・前編」
ニコニコ成人の日特集としてお届けしました「続・昔話」シリーズが完結しました。
私は当時の事をあまり知らない立場でしたので、原稿が届く度に、興味深く読みましたが、皆さんはいかがでしたか?
次は、3月6日ニコニコ復活祭あたりに、ニコニコ動画(γ)とSMILEVIDEOに関する昔話をご紹介すると思いますので、ご期待下さい。
さて、1月11日にコラムで紹介しました「ニコニコカード」に続いて、こんなものを頂きました。

↑ニコニコ地蔵
これは、広島県尾道市のお寺にあるそうですが、ニコニコ動画から連想する"ニコニコ"とは、ちょっと趣が異なりますが、「ニコニコ仲間」という事で・・・
ニコニコ地蔵に、ニコニコ動画を見せてみました。

↑素敵なコラボレーションです。
皆さんの周りにも「ニコニコ」がありましたら、掲示板ニコニコラムスレへご報告下さい!
※ニコニコ動画は、今回ご紹介しましたニコニコ地蔵と一切関係はございません。